スターバックスのブランド・マーケティング

ハワード・シュルツ会長の講演

松岡宏行/スイスイ社取締役
2002.6.10

suisui college
Howard Schultz

はじめに

2001年春、スターバックスのシュルツ会長が来日して、ビジネスマン向けに講演をした。本テキストは、この日のメモと記憶をもとに講演内容を再現したものである。翻訳表現はもちろん、細部においては松岡なりの解釈が入っている可能性がある。

ロンドンのチーズ屋

先日、ロンドンの高級商業地に行ってきた。エレガントな洋服の高級小売店が並ぶ地域に、その地にふさわしくない小さなチーズ屋さんがあった。ふと興味を感じて、入ってみた。500平方フィートくらいの小さな店に70才くらいの主人がいた。すっかり老いぼれて、ひげもそっていなかった。
「こんなところで、この店は何をやっているんですか?賃料を払えるんですか?」と聞いてみた。
「所有しているから、賃料なんか払っていない」と主人は答えた。「100年以上チーズ屋を営業してきた。チーズの品質が自慢なんだ・・・」そうして店の主人は、私にチーズの種類を説明してくれた。その説明には熱意がこもっており、目が輝いていた。

「これはぜひ買わなければ」とチーズを一つ買った。チーズは自分で作っており、この店で売るものはすべて自家製で「手づくり」の本物であるという。
このチーズ屋には、教訓があった。働く人の熱意を、カスタマーに伝えることのできる店だ。セールスには、このような「信頼感」がとても大切だ。

消費者は耳をふさいでいる

このような「信頼感」はどんどん失われてきている。 TV-CMで大量に広告がなされているが、1959年の時点では、TVを見た人の90%が新製品の品質や、メーカーの「約束」についての広告メッセージを信頼していた。40年後、この割合は6.5%でしかなくなった。この間、何度も約束が破られてきたので、消費者はTVの広告メッセージを信頼しなくなったのだ。
アメリカで新製品を出すことは難しい。最初から消費者の94%は、何を言っても信じないのである。我々は、毎日3,000もの広告メッセージを受け取っている。どれもが「是非買ってください」と訴えている。これにたいして、「もう聞きたくない」と耳をふさいでいるのが消費者なのだ、と考えなくてはならない。
ブランド構築の難しさは、ここにある。つまりマーケティングの難しさでもあるが、宣伝だけではだめだ。むしろ先のチーズ屋のほうがマーケティングに成功している。 お客の期待以上のものを提供して、信頼に応えている。こちら側の熱意を伝え、顧客の信頼に応じている。

イタリアのカフェをめざした

私は、スターバックスに、シアトルに3店舗しかないときに入社した。この時は家庭用にコーヒー豆を売っていた。入社3年目にイタリアに派遣された。 イタリアのミラノのコーヒー文化にロマンがあって、ショックだった。20万店のコーヒーショップに同じ意識があった。つまり「コミュニティー」の雰囲気があったのだ。 これこそスターバックスに欠けていたものだと思った。これから、この方向でやろうと張り切って帰ったがが、当時の社長に拒否されてしまった。
87年に、自分が会社に出資できるチャンスがあった。会社が380万ドルで売りに出たため、時間はかかったが、自分で投資家を集めて会社を買収することができた。
当時アメリカのコーヒー消費量は減っていた。アメリカのコーヒー消費量を2〜3倍にしよう、簡単に読めないようなイタリア語の名前で、白いカップでコーヒーを出そうと決心していた。しかし自分の考えを説明して、結局300人の投資家に拒否され、とても苦労をした。1年後に夢を実現するときがやってきた。

社員の信頼に応える

個人的な話をすると、自分が育ったのは貧しい地域である。低所得者用の共同住宅で育った。ある朝、配達の仕事をしていて、父が腰を折ってしまい、仕事ができなくなった。自分が7才のときだ。当時は、ブルーカラーの労働者には厳しい時代で、保険もなかった。会社が「人」を忘れたとき、労働者は非常に厳しい立場に立たされてしまう。自分の夢は、「父のような人にもチャンスを与えること」だった。
今、そのときこれをしなかったならば、今日のスターバックスはなかっただろうと思われることを考えてみると、
(1)パートを含め、すべての労働者にストックオプションの権利を与えたこと
(2)健康保険に加入させたこと
この二つが、とても大切なことだったと思っている。
ブランドづくりの最初のアクションが、これだった。
お客さんの期待に応えるためには、まず社員の期待に応え、信頼を築くことが大切だ。 社員が転職すれば、会社としては賃金コストを抑えることができる。しかし転職によって辞めていくことで、社員の多くがパッションを失ってしまう。社員にはできるだけ高給を支払いたい。彼らにパッションを、夢を持ってほしいからだ。
企業の成長は、多くの過ちを隠蔽するものだが、もっとも難しいことは、会社の成長よりも速いペースで、人材を確保して育てることだ。これは新社屋をつくるよりもずっと難しい。会社が成長してから、人を育てるのは無理である。

会社のカルチャー

スターバックスでは、社員と呼ばずに、「パートナー」と呼んでいるが、現在5万人のパートナーがおり、毎週1,500万人のお客さまを迎えている。そして、毎週3店舗を開店している。これほど、大きくなるとは自分でも思わなかった。
スターバックスには「広告予算」がなかった。マーケットもなかった。幸運もあったし、時代もよかったのだろう。しかし、社員との人間関係、会社のカルチャーが一番重要な要素だったと思う。
会社のカルチャーを大切にするために、社員からよく話を聞くようにしている。組織には、特有の「記憶」というものがあるが、何をもって「組織の記憶」とするかは、結局はパートナー(社員)に依存している。うまく行かないときは、社員のせいではなく、経営が悪いというべきである。優秀な社員を採用して、組織の記憶を刷り込んでいくことが重要だ。
普通の会社はどこでも、「まあまあ」のことしかやっていない。お客の期待以上に応えることは「まれ」にしかない。このことが「差別化」になる。顧客の「口コミ」の影響力は非常に強いものだ。

日本のスターバックス

日本に進出したとき、我が社に国際経験はなかった。熱意と夢しかなかった。そこで非常に高い金を払って、コンサルタントを雇い、戦略を立てた。
コンサルタントの意見は、「日本でアメリカと同じやり方でやっても、うまく行かない」「日本人はテイクアウトの習慣がない」「禁煙政策も絶対受け入れられない」というものであった。「仮にこれらの点を改善しても、東京でしか成功しない」というのである。コンサルタントに非常に高い料金を払った後に、残ったものは自社の社員だけだった。どうしようか、と途方に暮れた。
価値とカルチャーこそが、自分たちの源泉であると考えて、パートナーを求めることにした。
まず商社と交渉した。しかし彼らには起業家精神が欠けていた。ビジネスの魂、精神の話がまったく通じず、「何の話をしているのか?」というふうに受け取られた。
サザビーという会社をみつけたが、この会社にはスピリットがあると感じた。「両社の違いを尊重しながら、偉大な会社をつくろう」と合意した。

これがブランド

8月、東京に最初の店舗を出したとき、暑くて暑くて、こんな日では売れないのではないかと思った。CNNが生放送することになったが、見ると店の前に客が行列になっている。サクラかと思ったほど、びっくりした。英語を話せない人たちが、「ダブル・トール・ラテ!」と言っているのを見て、これがブランドだと確信した。
言葉以外は、シアトルでも東京でも、チューリッヒでも、スターバックスは同じものが見られる。会社、自宅以外に、コミュニケートできる場、3つ目の場所をつくりたいと思っていた。そこにはスピリッツの力が必要だ。
「スターバックスのコーヒーは高い」と言われることはあるが、我々は広告もしていないし、セールは一度もやったことがない。すばらしいマーケティングだと言われるが、マーケティングなどしたことがない。「店舗」だけでやっている。
新しい店舗を出すときも、パートナーが新しいパートナーに「組織の記憶」を吹きこんでいる。会社の価値を刷り込んでいる。

スターバックスの使命

偉大な会社は、利益と社員、心のバランスをとらなければならない。健全でいきいきとした精神。会社は利益のために働かせているのではないんだ、という信念。成功=バランスをとるとは、成功を分かちあうことである。ホワイトカラーだけで独占してはいけない。 スターバックスには、特許もない。顧客との一体感、その経験だけがある。「心を充足するのがスターバックスである」
ビジネススクールの教科書には、会社のピラミッドの頂点に株主があり、次に経営者、最下層に社員がいる。スターバックスでは、このピラミッドがひっくり返っている。ビジネススクールにはないやり方でスターバックスは実践してきた。
成功に慢心していてはいけない。顧客の期待に応えること、社員の期待に応えること。これがスターバックスの使命だと思っている。

質問にこたえる

(Q)日本には年功序列という考え方があるが、それについてはどう思うか?
(A)我が社ではそのようなシステムはとっていない。

(Q)「社員との信頼感」をつくるために、経済的な施策の他にしていることはあるか?
(A)社員は会長の意見を聞きたがるものだが、「我々はなにができるか、自分は何ができるか」と考え、議論することが大切だ。いつも「ルールを破れ、顧客のために考えろ」と言っている。

(Q)フランチャイズはスターバックスに適さないという考えか?
(A)フランチャイズは資本へのアクセス方法にすぎない。金集めの手段にすぎず、価値の共有ができないものだ。信念を信じることが大事である。その信念が誤っていたときには、謝罪することがあっても悪くない。

(Q)現場のレベルは、経営者の考えていることやマニュアルのレベルよりも低いのが実情だが、そのことをどう考えるか?
(A)現場のレベルが低いということを、本社や上司が知っているのかどうか?率直に話せる雰囲気が重要だ。「悪いニュースは罰する」という姿勢だとカルチャーとしては悪い継承になってしまう。「悪いニュースがあってもよい。是正する勇気がなければ、君自身も悪い分子だ」という考え方をしている。

(Q)価格設定についてどう思うか?よそが半額だと、スタバにもできるのではと思ってしまうが・・・
(A)スターバックスで売っているコーヒーは、「システム」で売っている。「最高品質を公正な価格で」という哲学がある。もっとも個別には高すぎるものがあるかもしれないが、その場合は是正するべきだろう。

あとがき

講演は、彼の経営哲学のエッセンスが誠実に語られ、非常に印象深いものとなった。「スターバックス成功物語」(日経BP社)をあわせて読むと、いっそう深く理解できると思う。一聴衆として聴いたにすぎないが、講演の後ふたりで写真を撮り、本に署名もしてもらった。大切な宝物となった本の扉には、
Believe in your dream.
とシュルツ会長の筆跡が刻まれている。

以上

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